ずっと、ずーっと

もしものとき









「もしお母さんが危なかったらどうしよう」


母親が病院に検査結果を聞きにいったとき、妹は不安そうに言った。


「そんなこと想像したくないよ」


「お母さん、私が毎年、市でやってる検診に行けばって言ったのに、忙しいとかいって、行かなかったからねぇ」


それが、急に下腹部の痛みが取れないというので病院にいったら、


「くわしい検査をしましょう」


ということになり、その結果が出る日だったのだ。


妹はまだ中学生で、私は専門学校に通っていた。


父親とは2年前に離婚し、母親が働いてわたしたちを養っていた。


「大丈夫だと思う」


なんの根拠もなく言った。


もし、そうでなかったら、わたしたちの将来がいっきに暗くなる。


父親は、他の女と再婚し、子供も生まれたばっかりだった。


「お父さんは、わたしたちの面倒みてくれるのかな」


「そんなこと今から心配したってしょうがないじゃない」


「でもさぁ」


不安そうに私を見つめる妹にそれ以上言葉がなかった。


「お姉ちゃんが私の面倒をみるんだよ」


「分かってるわよ」


妹とネガティブに負けそうだった。







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  1. 2017/08/31(木) 09:32:17|
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NHKスペシャル 幻の原爆ドーム ナガサキ戦後13年目の選択



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NHKが今夏放送したドキュメンタリー番組で印象に残ったものを紹介する第二弾は、被爆地長崎をテーマにした番組です。
以前にもNHKは外国人写真家が撮影した被爆した女性の一枚の写真をテーマにして、被爆者の現実を根深く取材し、撮影した優れた番組を放送していましたが、今回のテーマは「まぼろしの原爆ドーム」です。
同じ被災地の広島には「原爆ドーム」が永久保存され、いまや世界遺産にも登録され毎年何百万人もの観光客を集める日本を代表する「遺構」になっているのに比べ、長崎にはこうした遺構はありません。


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わたしも、長崎には公私にわたって数回旅行していますが、そういえば長崎には原爆の臭いがしない、どこか別の世界だという気がしていました。原爆資料館にも行きましたが、そこには確かに原爆による悲惨な光景が写真や絵画、遺品など大量に保管され、展示されてはいるのですが、やはり広島の「原爆ドーム」の圧倒的な存在感には印象としてかないません。
建物の持つ「存在感」の重みがどんな「記録」よりも人に与える印象、感動、衝撃が激しいかを思い知りました。


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長崎の爆心地は、長崎市の中心部とは山を挟んだところにある、浦上という地区です。この浦上の小高い丘の上にあったのが、「浦上天主堂」でした。この浦上には江戸時代に、酷い弾圧を受けたキリスト教徒が多く住み、天主堂は信者たちが血の出るような努力で何十年もかけて建設した東洋一とされた大教会だったのです。


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爆心地でありますから、浦上あたりはすべて原爆による熱風で焼き払われました。
浦上天主堂も、破壊されましたが、無残な姿で外壁などが残されました。


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十万人以上の人が亡くなった長崎の原爆。その象徴として浦上天主堂は、終戦直後から全国から観光客を集めるようになりました。


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ところが、戦後十三年目になって急に浦上天主堂の再建計画が起こりました。それは、遺構である被災した建物を取り壊して、同じ場所に新たに天主堂を建てるという計画でした。その計画を起こしたのが、当時天主堂の司教であった山口愛次郎氏であり、その計画を支持した長崎市長の田川務氏でした。市長の田川氏は「原爆の悲惨を伝えるのに遺構は必要ない」と言い切りました。当時、囁かれていた噂として、原爆を落とした当事者であるアメリカに配慮した、もしくはアメリカ政府からの工作があったというものもありました。
アメリカは当時、悲惨な原爆被害を日本人および世界から忘れさせようとしたという傾向があったと、NHKの取材班はつかみましたが、それを実証する物証は発見できませんでした。


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ではなぜふたりの長崎の名士たちは、後世に禍根を残すような浦上天主堂の取り壊しを決めたのか。その真意は番組では十分に説明されませんでした。


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ですが、広島のようになぜ原爆の遺構という日本民族にとってもっとも大事にしなければならないものを壊して、「無かったこと」にしようとしたかということです。

東日本大震災でも、津波の遺構を残す、残さないで議論になりましたが、確かに被災者にとっては遺構は「悲惨な思い出」を想起させる杞憂なものでしかないのでしょう。その心情は理解できますが、やはりそこで重要なのはまた再び悲惨な目に合わないためにどう後世に伝えていくかということだと思います。

長崎の市民も多くの人が署名活動などを通じて浦上天主堂の遺構を残してほしいと訴えていたのです。それでも取り壊された天主堂。その事実のなかにどのような工作、思い、政治の影響があったのか分かりませんが、一度壊されたものは永遠に復活できません。

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私は、天主堂を壊し、原爆の遺構を失ったことは長崎市民にとっても、日本人にとっても痛恨の出来事だったという思いしかありません。







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  1. 2017/08/30(水) 10:43:53|
  2. TV、映画の研究
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いつからなの?













「あんたたち、いつから付き合ってんのさ」


前の席に座っているのぞみが振り返りざまに言ってきた。くちびるが尖っているので不機嫌そうだ。


「いつからって、ずっと前からだよ」


顔が強張った。


いきなり秘密を暴露されたようで気分が悪い。


彼はクラスでもダントツの人気のイケメン。


彼を独占したら、クラスの女子から浮き上がることが容易に予想できた。


「よく隠せたね」


「だって教室ではひとこともしゃべらないし、一緒に帰ったこともないし、バレることはないと踏んでたんだ」


「休みの日のデートとかで偶然見られちゃうってこともあるでしょ」


「見つかんなくてラッキーとかじゃない」


「ディズニーとかも危ないでしょ」


「そんなとこ行かなかったから」


「じゃあ、どこで会ってたのよ。まさか、彼の家ばかりとか言わないでよ、いやらしい」


「そんなことないよ」


「じゃあ、どこで会ってたのさ」


「知ってる人がの来ない駅まで行って、その駅の前の広場のベンチとか」


「なんか田舎の不倫関係みたい」


「地味なのよ、わたしたち」


「で、これからどうすんのよ」


「ばれるまでこのまま」


「もうばれてるっての」


「それなら今度はディズニーとかスカイツリーに行ってみようかな」


「やっと開放されたって気分でしょ」


「そうね・・・・」


もうバレタんだから、この際、教室でちゅーでもしてやろうか。そこまでしなくても、どうどうと話してやろうか。帰り道、手を繋いで帰ってやろうか。


そんなことを考えてると、気持ちがわくわくしてきた。










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  1. 2017/08/27(日) 10:04:43|
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福島・いわき2010③




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富浦漁港です。港の川には遡上したさけが泳いでいました。

彼女たちが生んだ子供は無事に海にもどれたのだろうか、地震、津波でも無事だったのだろうか、大きくなって、また富浦にもどってきたのだろうか。そんなことをつい考えてしまいます。





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  1. 2017/08/26(土) 10:06:24|
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京都④




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京都という町は不思議な町です。観光名所はともかく、路地裏に入るとたしかにそこには京都独特の世界があります。
この町並みはいつまでこのままの姿でい続けられるのでしょうか。
人口減少が激しさを増すなか、古い町並み以外は大型のマンションが立ち並び、人口は微増なそうです。でもそれはこの町並みとは違う世界。人の住んでいない、もしくは老人のひとり暮らしが増えている現状では多くの地域でこのままの姿を残すことは不可能かも知れません。
町並みプロジェクトが盛んで、古い町屋を改良して店舗にするなどの活動は盛んですが、それはあくまでも限られたエリアであり、京都の多くの町並みは多分20年後くらいには姿を変えるかも知れません。





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  1. 2017/08/25(金) 10:29:33|
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NHK EV特集 告白 満蒙開拓団の女たち

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NHKがこの夏に良質のドキュメンタリーを多く放送しました。

そのなかで特に印象に残ったものを紹介していこうと思います。

「ETV特集 告白 満蒙開拓団の女たち」です。

満蒙開拓団とは、現在の中国東北部に、かつて日本が軍隊を進出させて傀儡政権を打ちたてた「満州国」がありました。そこへ、国策として送り込まれた日本人の開拓団のことです。

満蒙開拓団は、関東軍という日本の陸軍のなかでも最精鋭の軍隊で、満州国の治安維持と日本人の生命、財産を守るために派遣された軍が最初に提案した制度であります。それは満州国を維持管理するために、現地の中国人の土地を接収して、日本人を送り込み、そこを開墾して日本人の手による、日本本土の創出が目的でありました。

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全国から結成された開拓団は、のべにすると約27万人に達しました。

ところが、太平洋戦争の末期になると、ソ連の侵攻が始まり、それに呼応した中国の人たちの反乱が続き、満州国の戦線維持が難しくなりました。陸軍では本土決戦要員に関東軍の精鋭の軍事力が不可欠だという参謀本部の判断により、関東軍の満州撤退、本土召還が決まりました。

満蒙開拓団は、まる裸の状態で侵攻してくるロシア軍と中国人の反乱の真っ只中に,国から見捨てられたかたちで取り残されたのです。

背後にはソ連軍、まわりや前面には中国人の反乱分子と中国軍が立ちはだかり、日本にも帰ることができず、立ち往生のかたちで、集団自決する開拓団が続出しました。

そのなかで、この番組では岐阜県から来た「黒川開拓団」の女性たちの悲惨な体験を、生存する女性たちからの証言を中心に独自の取材を映像化した貴重な番組となりました。


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よく、右の人たちがこういう戦争中の体験者の証言を「でっちあげ」などといって否定します。
慰安婦問題では証言する人が外国人なので「嘘つき」と決め付けています。ですがこの日本人女性の発言は「嘘」だと決め付けられないでしょう。

彼女たちは、集団自決するか生存して帰国を目指すかという極限状況のなかで、開拓団の上層部の男たちの判断で、ソ連兵の夜の相手をする若い女性を差し出して,生き延びたという悲惨きわまりない事実の犠牲者でした。

襲ってくる中国人たちから開拓団を守るためにソ連軍に日本人を守るように要請したところ、ソ連兵への女性の供与を要請されたのです。
そこで開拓団の上層部は、未婚の10代から20代の若い女性十五人にソ連兵の相手をさせることを決めます。

「他のみんなの命を助けるために犠牲になってくれ」と告げられた女性たちはソ連兵の慰み者にされたのです。

その女性たちは、「お母さん、お母さん」とすすり泣きながらソ連兵の体の下で耐え続けたそうです。


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開拓団では女性たちがソ連兵を相手にすることを「接待」と呼び、「接待所」を作って、ソ連兵が撤退するまで続けたのです。その間に15人の女性のうち5人が死んだそうです。


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黒川開拓団650人のうち無事に日本に帰国できたのは450人です。開拓団総数では27万人いた人で亡くなった人は8万人にも上りました。

無事に帰国できた開拓団も、接待のことは「恥じるべき行為」として長い間沈黙して来ました。

ですが、実際接待をした女性のなかから「悲惨な体験を永遠に埋もれさせてはいけない」という判断から勇気をだして自己体験を発信しはじめたのです。

彼女たちの悲劇は満州だけではありませんでした。帰国しても「満州帰りの女はロシア人や中国人に犯された汚い女だ」という偏見にさらされたあげく、村からも追い出され、山奥で開墾しながら世間から隔離された状態で生活しなければならなかったのです。

その後、開拓団にいた人たちが集まり、集団で土地を開拓して戦後の厳しい状況を生き続けてきたのでした。

「戦争だから仕方ない」「戦争の悲惨さばかりを強調するのは反日行為だ」という声が多くありますが、そうではないと思います。悲惨だからこそ言い伝えていかなければならないし、それが日本のためになるのです。

NHKが渾身の力で描いたこのドキュメンタリーは戦後数々の戦争番組のなかでも傑出した内容だったと思います。






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  1. 2017/08/24(木) 10:00:38|
  2. TV、映画の研究
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俺はこんなもんじゃない












「俺はこんなもんじゃないから」


ドヤ顔で息子は言うけど、不安だな。


「後期のはじめには、偏差値で15は上がってると思う。だから今はC判定でも、少なくてもB判定にはなると思う」


どっからそんな自信があるんだよー。


志望校は明治大学だった。


息子の在籍する、都立の中くらいのレベルの公立校から、いわゆるマーチと呼ばれる明治、立教クラスを目指すのは、同じ学年中でも、ベストテンあたりの成績でないと無理そうだ。


普段は息子の学力をあまり気にしてないそぶりを見せているので、そんな基礎知識があるなんて息子には想像できないだろ。


「大丈夫だよ、母さん」


母親には心配させないという優しさがある。


だが、父親の私には何も言わない。


まあ、それはそれでいい。ただ、根拠の無い自信があるようで怖い。


「無理して明治じゃなくても良いのよ。ランクを下げても現役で入れば」


「浪人はさせたくないってことだ」


「早紀もいるからね」


そう、息子の二歳下にはこれから高校受験する妹もいる。


「お金はあなたが心配することじゃなけど、浪人はきついからね」


母親は大学浪人した経験がある。


反対に夫である私は指定校推薦で現役入学した同じ大学の同期だった。


「だから、あと3ヵ月後には合格できる保証がつくって」


どうしてそんなこと言えるのかと突っ込みたくなるが、言い争いになるようで口に出さなかった。


「勉強法を変えるんだよ。いい本が参考になってさ」


言い切るなよ我が息子よ。


だめだったとき、言い訳が出来なくて追い込まれるぞ。


結果はすぐ出る。それまでは息子のドヤ顔に付き合うことにした。






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  1. 2017/08/23(水) 10:17:23|
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戦闘艦③





IM3519戦闘






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  1. 2017/08/22(火) 10:10:25|
  2. 鉄分
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尾道④






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DS5423尾道





DS5424尾道





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  1. 2017/08/21(月) 10:15:34|
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みんな人生のアマチュアよ









「あなたのそういうところがいけないと思うのよ」


物事をはっきり言う女だった。


2歳年上の大学4年生。いつもジーンズをはいている。スカートをはくと形の良い脚が見られるのにと思うんだけど・・・


彼女は就職活動も終わり、余裕をぶっこいいている。

彼女とはサークルで知り合った。

彼が1年生のときだった。


飲み会や、活動でたびたび顔を合わせているうちに、気がつけばふたりきりで会うようになっていた。


彼女の強引な肉食系の誘惑に自分はイチコロだった。自分は草食動物なので、肉食系に食べたれるのが運命のようなものだ。そうしないと恋人なんて一生できなかっただろう。



「優柔不断がなおらないわねぇ」彼女は鼻の穴をピクピクさせながら言う。



分かってるよ、そんなこと。

年下だからって、見下してんじゃないよ。

なんて言えやしない。



彼にとっては初めての恋人だった。

好きだなんて一度も言ったことはない。

会うのも決まって彼女からの誘い。

彼にとってはそれが心地よかった。



「俺ってだめな大人になるのかなあ」

「みんな人生のアマチュアよ」



この女いちいち言うことがカッコイイ。

顔はそんなにかっこ良くないけど。でも、可愛い。



自分はまともに女に意見など言えない草食動物でもなんでもいい、はっきり言ってくれる女が自分にはふさわしいのだろう。だから彼女と別れるなんてことは思ったことがなかった。心配なのは、彼女の肉食系の欲望だけだ。その欲望がいつ爆発するか。


心配だ。







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  1. 2017/08/20(日) 10:04:58|
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